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重単5175(FC2版)

ED75,DD51中心の鉄道写真&鉄道模型 &たまにネコ

ED75 716[機番シリーズ017]

Posted by Toyohara Yamato on   0 

こんばんは。

早いもので2019年も半分が終わる今日は、昨日に引き続き機番シリーズの17回目です。

716号機を取り上げます。


[N020-E]8705_盛岡1539

1987/05 東北本線 盛岡駅 1539レ

好摩方面での撮影を終えて、盛岡へ戻った時に入って来た客レをスナップ撮影したものと思われます。終着で降車する乗客の姿が左端にチラと写っています。国鉄→JRになってすぐの写真、この頃の716号機は青森東運転区[青]所属だったようで、東北本線の客レ運用に入っていました。


[N210-17A]9305_峰吉川2436

1993/05 奥羽本線 大張野-峰吉川 2436レ

その後88年頃には新製時所属だった秋田運転支所[秋]に戻り、奥羽本線の運用を中心に従事したものと思われます。写真は初訪の峰吉川にて。駅からトボトボ歩いて行くも場所のアテも無く、こんな撮り方になったと記憶しています。

93年末の奥羽本線客レ廃止時には再び[青]へ転属するも、私は出会う機会なく約3年後の96年に廃車になったようです。ということでこの2枚が716号機に出会えた全てでした。

追記;94年に127号機との衝突事故に逢い、そのまま復活することはなかったとのことです。


75kiban017.jpg

機番表です。全171回(両)予定のうち今回17回目、開始半年でようやく”1合目” です。頑張らねば..

以上あまり出会う機会の無かったED75 716 機番シリーズNo.17、最後までご覧いただきありがとうございました。


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ED75 89[機番シリーズ016]

Posted by Toyohara Yamato on   0 

こんにちは。

今日はED75機番シリーズの16回目、89号機を取り上げます。

国鉄民営化前に一旦廃車になりながら、奇跡的に戻って来た”車籍復活機”の1両です。


[B0616-11]0006_小繋3067

2000/06 東北本線 奥中山-小繋 3067レ

”JR”東北本線(現 IGRいわて銀河鉄道)の峠道を元気に走る89号機です。流し撮りしてみました。


[N002-15N]8304_白河172Atr

1983/04 東北本線 久田野-白河 172レ

この機関車に初めて出会ったのはもう36年も前、まだ国鉄だった白河初訪時に撮影したこの1枚でした。

色々な貨車が繋がっているのも国鉄時代を感じます。89号機は全検上がりだったでしょうか、パンタや高圧機器が銀色に輝いています。古い古いネガを掘り出してのScan、画質が良くないのはご勘弁ください。


[N065-18]9005_平泉5671tr

1990/05 東北本線 平泉-前沢 5675レ

87年2月に廃車になりながら、貨物輸送が好調だったことから88年9月に”車籍復活”戻って来ました。

復活後の初撮影がこの写真でした。車扱貨物の先頭に立ってのんびり行きます。


[B0322S-06]9804_三戸3053

1998/04 東北本線 目時-三戸 3053レ

Web画像からは機番判読が難しいですが、89,1004号機の重連貨物です。床下機器のカバー有無の違いがよく分かります。三戸 小中島の鉄橋にて。


[B0450S-02]9904_平泉3093

1999/04 東北本線 平泉-前沢 3093レ

北上川を背にコンテナ貨物を牽引して行きます。89号機は復活時にJR貨物盛岡機関区[盛]、99/4月には長町機関区[長]に移っています。写真は[長]所属になったばかりの姿ですね。50番台(50~100号)と呼ばれるグループの1両、前面のヒサシが顔立ちを引き締めているように思います。



[B0474-10]9906_渋民単5260

1999/06 東北本線 好摩-渋民 単5260レ

夕刻の岩手山を背に重単回送の次位で行きます。難しい光線、かつ機関車2両入りきりませんでしたが、雰囲気でした。


[246-35]0003_滝沢3085

2000/03 東北本線 滝沢-渋民 3085レ

3月下旬でしたが季節外れの天候、雪を付けた89号が高速貨物の先頭に立つ勇姿を撮影できました。


[B0722-01]0011_黒磯4051

2000/11 東北本線 黒磯駅 4051レ

最後はクロバルブ、北へ向かう4051レに連結されるナナゴー重連、この時の次位が89号機でした。これが私にとってのLast Shotとなりました。2001年6月に廃車になっています。

クロバルブはYahoo時代に記事をUpしていました。黒磯駅でのバルブ撮影を仲間内で”クロバルブ”と呼んでいました(笑)。以下過去のクロバルブ記事も、よろしければご覧ください。

クロバルブ1 / クロバルブ2 / クロバルブ3 / クロバルブ4 /

クロバルブ5 / クロバルブ6 / クロバルブ7~秋の夜長に/黒磯の蕎麦処

(何だかんだで7回も記事にしていました 笑)


貨物列車ばかりでしたが、奇跡の復活を果たし、元気に活躍する姿に多く出会えた1両でした。


75kiban016.jpg

最後に機番表です。


以上車籍復活機ED75 89 機番シリーズNo.16 最後までご覧いただきありがとうございました。


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曇天の男鹿線 DD51

Posted by Toyohara Yamato on   0 

こんばんは。

私のところは昨日の台風ではあまり荒れませんでしたが、今雷がゴロゴロ鳴っています。じめじめした天気が続きそうですね。

今日は再び梅雨時ネタ、前回の続きの男鹿線DD51 1993/6月撮影の写真です。

早朝の硫酸貨物5185レ通過の後ようやく雨は上がりました。

[N217-23]9306_羽立1122

羽立-脇本 1122レ

50系客車8連で運転されていた朝通勤時間帯の上り列車、曇天の中を煙を吐いて坂を上がります。

DD51 741[秋]は北海道時代は補助灯付=”3ッ目”だった機関車、ライトの撤去跡が残っていました。


[N217-24]9306_羽立1122

羽立-脇本 1122レ(上と同じ)

朝から旅気分?の”贅沢”な通勤通学列車だったと思います。始発の男鹿から2駅目を出たところですが、結構乗ってるなー と思った記憶があります。


[N216-16]9306_羽立5184

羽立-脇本 5184レ

脇本止まりの石油貨物列車も運転されていました。この列車は平日運転..どうやって会社を1日休む行程に出来たか?は、忘れてしまいました(笑)。タンク車はタキ9900でしょうか?特徴的な上部の積込口ドームが連なります。


[N216-18]9306_羽立1123

脇本-羽立 1123レ

下りの客レは4連、DD51 783[秋]はプレート無の切抜き文字ナンバー&ラジエーターカバー付き、私的には784号機と共に好みのスタイルでした。


[N218-02]9306_羽立1123

脇本-羽立 1123レ(上と同じ列車)

下りも学生さんで一杯でした。


[N216-19]9306_羽立1126

羽立-脇本 1126レ

1123レの折り返し列車です。この長さならサイドアングルでも編成乗ります。

この1126レで朝の男鹿線DD51運用は終了でした。今思えばパラダイスですね。朝イチの5185レ(前記事に写真掲載)から5本ものDD牽引列車を撮影できて、感覚的にはもう昼前位か?と錯覚しましたが、1126レ通過でまだ8:30過ぎ この後足繁く通うことになるには十分の魅力でした。

男鹿線は今や蓄電池車が走り、短編成化が進んでいると聞きます。DDが走らなくなって以来行っていませんがだいぶ様変わりしたんでしょうね。


以上雨上がりの男鹿線DD51ネタ、最後までご覧いただきありがとうございました。


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雨の男鹿線 DD51

Posted by Toyohara Yamato on   0 

こんばんは。

梅雨ですね~。今日の自宅付近はしっかり雨降りでしたが、夕方はちょこっと青空も覗いた という天候でした。そんな梅雨時の男鹿線DD51ネタ、結構古い写真をUpしてみたいと思います。

[N217-12]9306_秋田1147

1993/06 秋田駅 

この時は東北本線での撮影の後、秋田入りしています。まだ”こまち”は無く、485系”たざわ”乗車で秋田駅到着~雨でした。写真は夕方の男鹿線客レ1147レに連結される前の姿と思います。この頃のDD51秋田車は下り方にKE70開放栓ケーブルの他、SGホースも手すりに装着していました。国鉄時代を偲ばせるこの姿、好きでしたねー。


[N217-13]9306_追分1147

1993/06 男鹿線 追分-出戸浜 1147レ

その1147レ。雨でしたが頑張って追分から歩いてここまで行った記憶があります。木が伸びていて客車8連の編成は入りませんでした。18:30頃の通過、日が長いとはいえこの天気では光線がキツかったです。


[N217-17]9306_羽立5185


[N216-11]9306_羽立5185tr

1993/06 男鹿線 脇本-羽立 5185レ(2枚とも)

翌朝の狙いはまずこの列車、船川港への硫酸輸送5185レでした。DD51重連の長編成タンク車牽引、非常に面白いのですがここ=羽立駅近くで5:30頃の通過、夏場限定にしても撮影には厳しいダイヤでした。この時も雨、光線も厳しかったです。このポイントで5185を狙ったのは初でしたが、1枚目は雰囲気は出たもののスローシャッター切らざるを得ず、2枚目は短いf1.2レンズでシャッタースピードは稼げましたがこんな構図..んーーでした。しかし今思えば、どんな天候条件であれもう逆立ちしても撮れない想い出深い写真です。

これで納得できる筈も無く5185レ撮影にはこの後結構通いましたが、晴れ予報のはずがあれ?みたいなことも多く、光線が厳しかった記憶が多いです。

晴れてくれた時の過去記事(撮影ポイントは違いますが..)→ 男 鹿 線硫酸貨物5185レ 


以上雨の中を撮影した男鹿線DD51ネタ、最後までご覧いただきありがとうございました。


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西武鉄道~定点撮影今昔 2007Fなど 

Posted by Toyohara Yamato on   0 

こんにちは。

今日は西武鉄道ネタです。

先日2000系2007F=初期型唯一方向幕が残る編成 がラッピングからオリジナル塗色へ戻り、喜んで撮影に行った際の写真をUpしました。 → 西武2000系~2007F黄色に戻る 

この時は”各停”運用だったのでその後優等列車を..

[D9-0431]1906_東村山2007F


[D9-0446]1906_東村山2007F

急行、準急で運用に就く姿を捉えました。(2枚とも2019/06撮影)

優等列車の表示はLEDでは字に色がつきますが、幕車は背景に色が付きます。これこそ長年見慣れた姿です。今も映える精悍な顔つき、良いなーと思います。


さてこの場所、後追いで編成も入らず..にもかかわらず定点撮影みたいに撮ってます。これまでも何度も写真をUpしているわけですが..ここは私にとって思い出深い場所なんです。

42年前、初めて2000系を見たのがこの場所..デビュー前の試運転列車でした。

関連記事→ 番外編 西武2000系初期車 (2017年7月の記事 この頃はまだ西武ネタは”番外編”扱いでした)

また、古くからこの場所で撮っています。

[N041-09]8904_東村山2000

30年前の同じ場所から、ネガを引っ張り出してきました。2000系は既にHゴムが白→黒になっていましたが、スカート無し、方向幕もローマ字表記無しで走っていました。


[N041-11]8904_東村山501

レアだった2代目501系も活躍していました。701系冷改車の6連化で余ったTc車を101系並みの高性能で電装した車両、2連×3本のみだったと思います。前の方はその701系冷改車6連です。運転室内に吊り下げられる”急行”の表示板も懐かしいです。この配色が2007Fの方向幕にも踏襲されています。


[N041-12]8904_東村山351

こんな姿も..ホーム長の関係で多摩湖線国分寺口に最後まで残った17m車赤電351系ですが、回送で新宿線を時折走っていました。南入曽への入区回送と思われます。引退約1年前の姿です。

以上3枚はいずれも1989/4月の撮影です。


こうして長年親しんだ場所ですが、冒頭2枚の写真背後に写るクレーン..高架化工事が進んでいます。この辺の風景も様変わりするでしょう。ということで、最近足が向く機会が多くなっています。間もなく撮れなくなるでしょうしね。

なお、撮影は公園の柵に寄りかかるような形で行っています。草木の間から手持ちです。三脚は難しいでしょう。

また、前にも書きましたがこの季節、モスキートの数が半端じゃないです(笑)。


以上西武新宿線の定点撮影ネタ、最後までご覧いただきありがとうございました。


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